南太平洋にある「トンガ王国」、そこに1989年、一人の日本人が青年海外協力隊の隊員として降り立った。名前は追立孝弘。1960年生まれ28才だった。協力隊の仕事内容は、日本で勤めていた電力会社の経験を生かした、送電線のメンテナンスとその指導だった。
「特に協力隊に興味があったわけではないんです。勤続9年だった電力会社は正直言って居心地良かったですし、でもルーティンワークは先が見えてしまう。何か他に出来る仕事はないか、とにかく自分に今出来る仕事をしながら、自分を見つめ直す時間を持つのも良いんじゃないかと思って協力隊に応募したら合格してしまって」
トンガに住んでみて、トンガ暮らしは案外自分の性格に合うことがわかってきた。つきあってもみるとトンガ人はシャイなところがあって、よく働くところも日本人によく似ている。南の島の人間は「ゆったりとしていてあまり働かない」というイメージは当てはまらなかった。
現に日本の冬至の時に食べるカボチャはトンガ産であることは良く知られているが、特に大量に買い付けがあったころは『カボチャブーム』になり、朝早くから、夜遅くまで、みんな必死によく働いた。
協力隊の仕事が終わって、一杯やる!ときに飲むのは「ホピ」と呼ばれる密造酒だった。作り方はバケツに濃い砂糖水を入れ、それにパパイヤ、バナナ、パイナップルを放り込んでパンのイースト菌を少々加えて、3日もするとアルコール度数は4.5°10日ぐらい経つと10°にもなる。「まぁ衛生的ではないけれど、とにかく酔っ払えばいいって感じで、
みんなで回し飲みをするんです。それまでいろんな酒は飲んできましたが、あんなに二日酔いがきつい酒もありませんでした。」
なんとか純度を上げて二日酔いを回避することが、協力隊の余暇での命題となった。幸い協力隊はいろんなエキスパートの宝庫だった。
理数科の先生が芋からホピを作って、それを物理の先生が濾過・蒸留して美味しい「密造酒」を作り上げた。。これがなかなか良い出来で、酒会社をつくろうと盛り上がったこともあった。
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